愛という名の支配

感覚は理性を駆逐する。憎悪は執念へと昇華する。

心理描写の天才、三島由紀夫の小説で最も笑える作品とその描写はどこでしょうか?

 そもそも、普遍的に笑えるのかという疑問は残りますが、私は彼の小説を読むとたいてい大笑いしてしまうんです。皆様はいかがでしょうか?

以下、個人的に爆笑必至のシーンです。
①『金閣寺』において、遊郭で女を買った老師が弟子である吃り主人公溝口に街で偶然遭遇した際「ワシの後を尾けてくる気か!?」と激昂し立ち去るも、その翌日何食わぬ顔で住職業務を遂行。溝口はその様子に腹を立て、老師が買った娼婦のエロ写真を老師が毎日読む新聞に添付して暗に非難。それでも老師は平静を装うが、ある日、本尊に向かってずっと土下座している老師を発見。だがそれは神仏に許しを乞うているのではなく、溝口に誠意を見せるための必死の謝罪アピールであった。その無様な様をみて溝口が心の中で発した一言『小者だ…』

②『天人五衰』において、かつて恋人に自分の容姿をこっぴどく嘲られたがために自分のことを絶世の美少女だと思い込むことでかろうじて自意識を保っている稀代の不美人狂女、絹江。自分の容姿を否定しない唯一の男子である主人公、透に好き放題現実で受けたストレスやダメージを改竄して喋りまくる。たとえば『アタシほどの美人はいない』『男はいつもアタシを犯そうと狙っている』『美人は男の獣じみた性欲に常に晒されていなければならないので、宿命的な不幸を背負っている』などといって、主人公がちょっと近寄っただけで犯されると叫ぶ。それも終始美人がして初めて様になるような優雅な振る舞いを実践(ハンカチを口に当てて笑ったり、花を頭に指したり)。

③『命売ります』のラストにおいて、統合失調症の末期症状に陥り、街中の人間が自分を監視し殺そうと目論んでいる、という妄想に襲われ、交番に駆け込む主人公、羽仁男。警官に熱心に自身がそれまでに体験した九死に一生ストーリーを語るも、一切相手にされず、「よくいるんだよ、ただ甘えてるだけなのに自分が一番不幸だと思ってる人間のクズが」みたいなことを言われ追い出される。本気で命の危機を感じている羽仁男は、がくがく震えながらも少しでも落ち着こうと煙草を吸いながら夜空を見上げる。しかし、不安・恐怖・絶望からとめどなく溢れる涙で星が霞んで見えるのだった。

④『女神』にて、女性美に異常に執着する主人公周伍は妻である依子を完全に所有していた。食事、運動、服装の徹底管理はもちろん、毎日一緒に入浴し、頭の先からつま先までまるで愛車を洗車するがごとく丹念に磨き上げる始末だった。それだけではない。話し方から性の作法まで何から何まで彼は理想の女性を追い求め、愛する女を美の化身にすることが生きがいであったのだ。そのためならどんな手段や手間も惜しまない。…だが、空襲によって妻の美が崩れるとあっけなく妻に対する関心をなくし、娘にその情熱を注ぐようになる。


 まだ他にもたくさんありますが、とりあえずこんなところで…。ご意見何卒宜しくお願い致します。